2023/09/17

CS4398 の LPF 回路

Cirrus Logic の CS4398 の DAC を試したくて Amazon でキット(部品セット?)を買いました。「LILLYエレクトロニクス LJMキットのCS8416+ CS4398 DACボード(USB+同軸DAC192K/24bitのボード)AC15V-0-AC15V」という名称で売っていた物です( https://www.amazon.co.jp/gp/product/B01BBO12T6/ )。あとから気づいたのですが、diyaudio.com では DAC: CS4398 with CS8416+CM102s というタイトル https://www.diyaudio.com/community/threads/dac-cs4398-with-cs8416-cm102s.211321/ で話題になっています。

パーツの過不足はなく完成したのですが音を聞いてみるとあまりよくありません。安いコンポとかのような音でした。うーんと色々考えて試したのですが結果としては、LPF の回路がよくありませんでした。キットの回路は

となっています。よくみる差動増幅+LPFの回路のように見えます。仮にCS4398の出力が理想の電圧源であればうまく働くのですが、計算してみるとこれがよくありませんでした。計算のためにちょっと簡単化をします。コンデンサが働くのは可聴域より高い周波数での話なので、コンデンサはないものとして回路図を書き直します。また具体的な数値でなく記号にします。

CS4398の出力はDCオフセットの上に信号がのっているので、A+ = v(t) + v0, A- = -v(t) + v0 とおき、仮想短絡が成り立つとして計算すると vout = 2R2/R1 v(t) と計算できます:

これだと一見問題なさそうに思えます。

ところで、CS4398から流れる電流を考えてみます。A+側は簡単で i+ = {v(t)+v0}/(R1+R2) です。A+=v(t)+v0 を i+ で割ると R1+R2 が求められます。これが CS4398 からの見かけのインピーダンスですが、信号とは無関係で一定の値です。一方で電流が v(t) に比例するのではなく v(t)+v0 に比例しています。

A-側の i- の方も計算してみます。上の計算式より i- = (v- - A-) ですので、A- = v(t)-v0 を i- で割ると、どう変形してもみかけのインピーダンスが信号(音)で変動します:

もちろんCS4398の出力が理想の電圧源であれば(あるいは、みかけのインピーダンスよりも、CS4398の内部抵抗が十分小さければ)電圧 A+, A-はインピーダンスによって変動せず、vout は計算通りになります。実際には CS4398 の出力インピーダンスは118Ωで無視できるほど小さくありません。結果、インピーダンスの変動によって電圧(A-)が非線形に変化し、音がひずみます。

CS4398 のデータシートにある推奨回路は次のようになっています。

今度はこちらを計算してみます。LPFを形成するコンデンサ 6800pF, 1800pF, 0.018μF, 4700pFは無視します。またオペアンプに流れ込む電流は十分に小さいとして 698Ω, 267Ωも無視します。487Ωにつながっている100uFの電解コンデンサは音声信号は通し、DC成分は通さないので 487Ωには v0 の電圧の電圧源がつながっていると見なせます。結果、回路は次のようになります。

同様に v+ を求めると

i+ = v(t)/(R1+R2) となり、i+ は信号に比例し、オフセットに関係なくなります。v+ = R2/(R1+R2)v(t) + v0 となります。i-を求めると
こちらもオフセットがかかりません。ここで、i+ = i- となるように定めると

R3=R1+2R2 が求まります。推奨回路を見直すと 604Ω+487Ω×2 = 1578Ωとなり、この式が成り立つように値を決めていることが分かります。このとき vout は

となり、v0のオフセット(CS4398の場合は約2.5V) がかかりますが、信号成分に比例した値が出てくることが分かります。

こう計算してみると CS4398 の場合は、推奨回路のように組んだ上で、A+ から流れる電流(A-から流れる電流)は、信号の v(t) に比例するようにして使うよう設計されている気がしてきます。とすると、そうでない差動増幅の回路を使うと本来の音ではなくてもったいない気がします。メーカーは違いますが AK4497もDCオフセットのある出力で、差動+LPFについて同様の回路構成が推奨されているので同じ考え方だと思います。


ただ回路図には注意が必要で赤丸のところに100μF程度のコンデンサを入れるか、下三角をグラウンドでなく中点電位(DCオフセット電圧)にもっていく必要があると思います。

キットの方ですがまず試しということで、A- の方をグラウンドに固定して出力にDCカットのコンデンサ(手元にあった 220uF) をつけてみました。結果、音質がよくなったので音が悪かった原因は上記の通りと思っていいと思います。

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